地平線ポストから
「濃紺の空に一番星の宵の明星が現れ強い光を放っていました。真上にはオリオン座が輝き、しばらくすると、空一面に星がまたたきはじめました。この光景は、スンダランドが水没して以来数千年間、太古の人々も見てきた、変わらぬ光景のはず……」
--再出航を前に、コロンの高台の夕暮れを思い出しつつ
■「僕たちのカヌーができるまで」の上映が4月30日で終わりました。2週間のレイトショウ上映で、954人の方々に見ていただきました。ポレポレ東中野のマネージャーも大成功だと言っていました。地平線会議の方々にも多くの人に見てもらいました。ありがとうございました。
◆金井重さんがいらした時、世界炭焼き協会会長の杉浦銀二さんがいらしていたので、お二人を紹介しました。杉浦さんは私たちが岩手で炭焼きをする時に、ワゴン車で同行してもらい、指導してもらいました。現在85歳ですが、まだ世界中を炭焼き指導しながら駆け廻っています。95歳まで続けると仰っています。夢はナイル河流域を緑化して、炭焼きをして、いかだでナイル河を下ることだと仰っています。いつか地平線報告会で金井重さんとの老老対談ができたらいいなと思っています。
◆黒潮カヌー・プロジェクトの縄文号とパクール号は現在補修中です。前田次郎と佐藤洋平は先発し、インドネシア・クルー6人と合流して、一緒に修理にあたっています。5月16日~20日の天候がよくいい風が吹いている時に日本列島に向かって出航です。
◆今カヌーを置いてあるコロンのあるブスアンガ島は、スンダランドの北端です。スンダランドは最終氷期にアラスカとシベリアの間にあったベーリンジアと同じように、亜大陸を作っていました。約7万年前頃からはじまる最終氷期には、海水面が低下したり上昇したりをくりかえしました。海水面が低下したときには、今の海面より百メートル以上低く、現在のインドネシアの西の島々、マレー半島、インドシナは、ひと続きとなってスンダランドと呼ばれる陸地になっていました。
◆海水面が上昇したときには、今と同じような島々に分かれました。アフリカからきた新人(ホモ・サピエンス)は、陸上の食物だけでなく、丸木舟やイカダを使って海洋の食物を利用し、徐々に人口をふやしていきました。やがて、彼らは、ここスンダランドを新しい故郷として、アジア各地に移住・拡散していきました。丸木舟で黒潮に乗って北上した人々の足跡をたどるのが今回の航海です。
◆コロンの高台に展望台があります。そこから太陽が沈んでいく様子を眺めました。太陽の手前にいくつかの島が連なっていました。パラワン本島の北は小さな島が連なった群島を形成しています。いずれ次の氷河時代がくれば、またスンダランドは復活するかもしれませんが、今は人工的なエネルギーの使いすぎも加わって海水面は上昇しています。
◆夕刻時、空の色もそれを映す海の色も刻々と変化していきます。太陽に向かっていると海にギラギラに反射して眩しいのですが、やがてうっすらとある雲はピンクからオレンジへと変わっていきます。水平線近くにやや厚い雲の層があり、そこに太陽が沈んでいきました。太陽は隠れてしまうかと思ったが、雲は薄いようで、熟した柿のような色になりました。鏡のような海面も落ち着いた黒ずんだオレンジ色になりました。
◆ゆっくりと水平線に太陽が沈んだ後、雲はさらに濃いオレンジ色になり、空は青みを増していきました。次にうすい紫になりました。海と島影の境がまだ分かる間に、濃紺の空に一番星の宵の明星が現れ強い光を放っていました。真上にはオリオン座が輝き、しばらくすると、空一面に星がまたたきはじめました。この光景は、スンダランドが水没して以来数千年間、太古の人々も見てきた、変わらぬ光景のはずです。この光景を見ながら太古の人々は何を考えていたのだろうかと、想像を膨らましていました。(関野吉晴

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