「阿麻和利」に日本が発するチェンジ、世直しを思う
■私は今でもお正月が大好きです。しかし今年のお正月は日本も世界も複雑でした。それでもひとりの町姥として、ちゃんと地元の氷川女体神社に初詣りをしました。そして7日には沖縄に向け飛び立ちます。
 沖縄ですか、泳ぐんですか? いまなぜ沖縄なの? という声が聞こえてきます。実は10日から始まる「肝高の阿麻和利(きむたかのあまわり)、凱旋公演」の観劇なのです。
 昨年12月、東京・中野で「ダイナミック琉球イン東京」が開催されました。主催はあまわり卒業生公演実行委員会です。10月の「ちへいせん・あしびなー」では演出家・南島詩人、平田大一氏の熱い語りと、熱演する生徒たちの組踊りに、会場は割れるような拍手と熱気に包まれました。
 あまわりの感動にもっと観たい知りたい、そしてとことん本気で熱演する生徒たちが、卒業後どう歩みを進めるのか、東京の生活はどうしているのか他人事とは思いない気持になります。その卒業生たちが学校で職場で、新しい仲間も生れ、沖縄組も一致しての素晴らしい舞台でした。
 自分の存在が場のエネルギーを高め、仲間の場とつながり拡がりを生み、新しいエネルギーとなって、この夜の舞台となったのでしょう。必要な事はすべて島で学んだ、という演出家平田氏の播いた種は着実に実り、観客の老若も一緒に昂揚し、肝高(志)が会場にあふれました。
 「あっ」という間にあわまりの擒(とりこ)になった私は、勇壮な青年達の組踊りや平田氏の横笛に、萬の祈りの祝祭を感じていました。
 マリ共和国ドゴン部落の体験です。イスラム文明から逃れるようにバンディアグラの断崖に、べったりとへばり着いて暮している人々が、広場と言えばここだけのほんとに小さい広場に集まり、死者の霊が天に昇るのを応援して踊ります。みんな目に見えないものとしっかり結びあっているのでしょう。夜を徹して踊ります。やがて気づいた時には私も輪の中で踊っていました。
 古い旅の体験が、あまわり卒業生公演で目を覚ましました。
 沖縄八重山群島の島々では、大海原を渡って外の世界からやってきて去る祝福の神「まれびと」を迎えて踊り明かすそうです。
 復帰後も2~3度訪沖してます。いつも私の都合のいい時間にでした。島の時間に合わせて訪れなければ、島の神々におあいすることはできないでしょう。秘祭なのですから。
 よそからやってくる神との一体化が、世俗の権力や金力で薄くなった時代、歌舞音曲で伝えてきたのは芸能者でした。
 日本の最果て、かつてはアメリカに占領され今も基地を取上げられている沖縄の島から、肝高の芸能が噴出しあまわりの演じる「ハワイ公演」が人々の魂を燃え上らせたのも、日本の発するチェンジ、世直しです。
 私はいま、沖縄の海からの風、空気を深呼吸しながら、10日の「肝高の阿麻和利」公演のうるま市に向っています。(金井重